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天満橋ビブリオバトルでチャンプ本になりました!【ブックFOREVER #12】『リンカーン』グッドウィン著

[ブックFOREVER] 2016年11月19日
ドナルド・トランプさんの大統領就任の156年前の共和党初代大統領
いやー、とうとうトランプさんが次期大統領になっちゃいましたね。
トランプ次期大統領の誕生を記念して、今回の書評は『リンカーン』(中公文庫)です。
11月16日に梅田蔦屋にて行われた天満橋ビブリオバトルでこの本について発表し、なんと、チャンプ本に選んでいただきました!!
サムネイルに映っているベルトは、そのときいただいた「チャンプ本ベルト」です。やったー!


それにしてもトランプ大統領とは、信じられない、と世界中の人が思っていることと思います。
私の友人のアメリカの学校の先生は、「子どもたちに差別はいけないと教えているのに、大統領がこれではいったいどうすればいいの??」と悩んでおりました。さぞお困りのこととお察し申し上げます。
民主主義はおそろしいもので、その結果は「多数決で選ぶ」という原則以外のすべての「正義」や「倫理」をぶっとばしてしまうのですね。
そのあたりのお話しは前にご紹介したドイツのハーバーマスさんに譲るとして、今日はちょっと違う切り口でアメリカの選挙について解説してみたいと思います。
(ちなみにハーバーマスの民主主義批判の本はこちら⇒https://obp-ac.osaka/blog/biblio_room/789.html

■アメリカ共和党の誕生

トランプ次期大統領の所属政党はみなさんご存知の「共和党」ですね。
いまでは共和党と言えば、エスタブリッシュメント、ネオコン、ティーパーティーなどの保守派であるイメージですね。政策としても、人工妊娠中絶に反対とか、同性婚に反対とか、銃規制に反対とか、とかく世の中の新しいトレンドには「反対」の古臭い、頭のかたい連中というイメージが一般的かと思います。

ところがです。そもそも共和党が160年前にできたころはまったくそうではなかったのです。
共和党こそ、奴隷制を廃止しようとしない古臭い民主党に対抗してできた、超リベラル政党だったのですね。
なんでそんなにイメージがちがうのか?160年の間にどう変わったのか?もう完全にビヨンド・ザ・理解ですね。
そんな共和党をはじめた人たちがトランプさんのことをどう思っているのか、霊おろしで聞いてみたいものです。
そして、そんな超リベラルの共和党がはじめてホワイトハウスへ送り出した大統領こそ、アメリカ第16代大統領のエイブラハム・リンカーンです。




■アメリカ国民の人気ナンバーワンヒーロー!それはリンカーン!

そうなんです。アメリカ人はめちゃくちゃリンカーンが好きなのですね。その好きのレベルは織田信長や真田幸村の比ではありません。
首都ワシントンDCの中心にはアメリカ国民が必ず訪れる観光スポットがいくつかあります。
私が個人的に大好きなのはなんといってもスミソニアン研究所です。研究所という名の博物館なのですが、世界各地の民族の入れ墨から戦闘機まで、実にオタクなレアものが集められた博物館で、面白さという点では世界一ではないでしょうか。広島、長崎に原爆を落とした爆撃機エノラ・ゲイ号を展示していることで物議をかもしたこともありますね。
そんなワシントンDCの人気スポットの中でもひときわ人気なのが、リンカーン・メモリアルです。
その写真はこちら↓


これ、めっちゃでかいよー。東大寺の大仏並みです。
建物外観はこんな感じです↓



■2009年発刊の最新のリンカーンの伝記!スピルバーグによる映画化。

その人気ぶりを象徴するのが、今回みなさんに紹介するこの本『リンカーン』の発刊ですね。
7年前の2009年に発刊さればかりです。リンカーンの伝記や関連書はもう星の数ほどあるのですが、いままだ新しい伝記が発刊され、しかもそれがアメリカではベストセラーになるのですね。
本書はかのスティーブン・スピルバーグによって2012年に映画化されました。
主役を演じたダニエル・デイ=ルイスさんがあまりに本物そっくりで話題になりました。

[before]主役を演じたダニエル・デイ=ルイスさんの普段

[after]リンカーンのメーキャップ後のダニエル・デイ=ルイスさん



■リンカーン大統領ってなにした人??
本書の内容を紹介する前に、そもそも第16代大統領リンカーンの業績をおさらいしておきましょう。

1.共和党はじめての大統領になりました。その後、共和党がアメリカの政治の中心に居座る礎をつくりました。
2.南北戦争をはじめました。戦死者50万人だしました。奴隷制度維持を主張する南部の各州が分離するひきがねとなったのはリンカーンの強気の政治でした。(ちなみに明治維新後の日本の内戦に持ち込まれた武器のほとんどが南北戦争の中古品だったそうです。)
3.奴隷廃止宣言をしました。この宣言のおかげで地球上で最大の奴隷制度が廃止されることとなりました。(ちなみに奴隷制度を持っている国はいまでもあり、事実上の奴隷状態にある人は世界で460万人と言われています。【Global Slavery Index】)
4.世界中の人々を魅了した「人民の、人民による、人民のための政治」という名スピーチを遺しました。
5.南北戦争を終結させ、アメリカを奴隷制のない国家へと4年間で再編してしまいました。南部の文化はGone with the Windとなったわけですね。
6.暗殺されました!(これは業績ではないか・・)

■こちらも伝説の女性歴史学者

 リンカーン大統領の人気の秘密がなんだったかということはともかくも、この大統領は歴代の中でもっとも激動の4年間を過ごした人であったことは間違いなさそうですね。そんな過酷な戦争と政治の真っただ中を生きたリンカーンを21世紀に改めて伝記にした本書『リンカーン』の著者は、女性の歴史学者ドリス・カーンズ・グッドウィンです。

 グッドウィンさんは1943年生まれの現在73歳。まだまだ女性の大学進学がまれだった時代にハーバードの大学院を出てその後ハーバードの歴史学の教授になっています。すごい才女です。

 しかもこの人、そうとうなオタクで、生涯のほとんどを有名大統領の伝記を書くことに費やしています。ケネディ、リンドン・ジョンション、セオドア・ルーズベルトなど超有名大統領の研究で評判になり、ルーズベルトの伝記によってピューリツァー賞を受賞しています。

 そんな彼女が書き古されたリンカーンの生涯を、いまさらどう料理したというのでしょうか。

■大統領を支えたチームの物語

 本書は「伝記」と言っておきながら、実は1860年から1865年までの5年間の話ししか書かれていません。つまり、この本を読んでリンカーン大統領の子どものころを知ろうとしても、何も書いていないのですね。しかも5年間の話しにも関わらず、中公文庫版のこの本は上中下3巻本になっているのです。どんだけゆっくり話が進むねん!と思わず突っ込みたくなる密度の高さです。
 この5年間というのは、1860年の共和党の大統領候補指名選挙でリンカーンが共和党代表に選ばれるところから1865年の彼の暗殺までの短い間です。しかし彼女がこの5年間に注目する理由は、1860年にはとうてい廃止されるはずもないと思われていた奴隷制が1865年にはなくなっていたという劇的な変化に注目したからです。いったいこの激動の5年間になにがあったのか。
 むろんその間にアメリカが南北に分裂する、内戦がはじまって50万を超える若者が命を落とし、最後には大統領自身が暗殺されるという恐るべき戦いの5年間であったわけですが、この本は「真田丸」のような戦記ではまったくありません。グッドウィンはこれを実にユニークな視点で書き綴っていきます。
 彼女が注目したのは、1860年の共和党大統領予備選では「イリノイのくず」と呼ばれて泡沫候補に過ぎなかったリンカーンが、演説のうまさで民衆の人気をさらって大統領になってしまうのですが、その内閣に、大統領選を争った政敵を次々と迎え入れていくという考えられない政治的選択です。いったいリンカーンはなにを考えてそんな無謀なことをしたのか、そして呉越同舟ともいうべきこの「政敵によるチーム」がどのように分裂もしないで南北戦争を勝ち抜き、奴隷制を廃止するにいたったかということです。
 本書『リンカーン』の原題は ”Team of Rivals"、「ライバルたちによるチーム」です。「呉越同舟」というタイトルをつけてもよかったくらいではないでしょうか。残念ながらグッドウィンさんのこの作品はスピルバーグによる映画化がなされるまで日本では注目されることがなく、中公文庫の邦題は明らかに映画の尻馬にのって売ろうとするマーケティング戦略だったように思います。おかげでグッドウィンさんの大事な視点が本書のタイトルにはまったく反映しないこととなってしまいました。

こちらが原作の表紙↓



■"心情"を中心に据えた記述

 グッドウィンさんの作品のもう一つの重要な特徴は、一般に歴史学が中心とする「因果関係」にのみ重点をおくのではなく、時代の変化、状況の変動の中を生きる人々の「心情」に焦点をあてることです。そのために彼女が使う手法が、手紙と日記を史料とする物語の構築です。
 歴史書はノンフィクションですから、実は物語を構築するのはとっても難しいのですね。物語としてつなげたいけどほんとはどうだったかわからない部分は「○○と推測される。」とか「○○だったのではないか?」などと書かざるをえず、やたらと遠回しな記述で服の上から背中を掻くような感じの文体になってしまいます。ところがグッドウィンさんの話しにはそんな遠回しなところはあまりありません。というのも、彼女は日記や手紙の中に登場する生の「心情」を、その手紙や日記が書かれた背景の中に丁寧に置くことによって、時代と人間の心情のつながりを私たちに見せてくれるからです。
 政敵たちをリンカーンがどうやって懐柔したかの理論的仮説検証ではなく、実際に政敵たちがリンカーンやその時々の出来事に対してどのような感情を抱いていたかをひろうことによって、チームがどのように機能していたかを生き生きと描き出しているわけです。
 実はこの本、オバマ大統領が「孤島へ1冊本を持っていくとすれば」と聞かれたときに選んだものでもあります。

■多声的アプローチ

 もう一つのグッドウィンさんの手法は、リンカーンとその政敵たちという「中心人物」にのみ焦点をおくのではなく、リンカーンの妻のメアリーや3人の子どもたち、政敵たちの家族、ホワイトハウスの執事たちなど実に様々な人々の心情を登場させます。こうすることによって南北戦争の歴史の中で人々がなにをどのように見ていたのかが様々な縦糸横糸で織り込まれ、物語に奥行きと広がりを与えていきます。一般にこうした手法を「多声的アプローチ」と呼んでいます。
 すっかり涙もろくなった中年男性の私は、本書の最後に登場するリンカーンの3男トッドくんの話しには涙が止まりませんでした。目の前で父を殺された彼がその悔しさ、悲しさをどう表現したか、その夜ホワイトハウスに居合わせた人々が遺した言葉によって再現されています。
 こうしたグッドウィンさんの手法は彼女が女性であるということと無縁ではないでしょう。歴史が男たちの戦いとして描かれた従来のアプローチに対して同化しやすい男には、その偏りは見えにくいものです。グッドウィンさんの手法はそのような「伝統」との戦いから生まれてきたものかもしれません。

■トランプ大統領の行方

 演説のうまさで民衆の心をとらえる泡沫候補が大統領になる。そういう意味でトランプさんの勝利はリンカーンの再来と言えるのかもしれません。だとすると、誰もが想像しなかったすばらしい歴史の転換を生み出してくれるのかもしれません。そんなことを思いめぐらしながら、秋の夜長にこの「3冊」をぜひ手にお取りください。OBPアカデミアのライブラリーの天満橋ビブリオバトルのチャンプ本コーナーに展示しています。