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【ブックレビュー#19】『冬虫夏草』 梨木香歩

[ブックレビュー] 2016年04月05日
【ブックレビュー#19】『冬虫夏草』 梨木香歩 著

卯月に入りましたね。陽気に誘われていつもの景色がにわかに華やいだ気がします。
ちなみに島村はしばしば傘を持ち歩くことを怠るので、この季節はよく雨に降られてしまうのですが、細かくしとしと降る春の雨は、やわらかな針のような感触がします。

なんとなく湿度と気温の高いこの季節の空気は、今回紹介する『冬虫夏草』の中の空気によく似ている気がします。



各章のタイトルが「彼岸花」「河原撫子」「キキョウ」などとあり、もう少し後の季節が舞台となっているはずなのですが、主人公が旅する鈴鹿山一帯の水気の多い緑と土の感じや、いろいろな生き物の息吹が、どうも今の季節の空気に似ているように思うのです。

『冬虫夏草』は前回紹介した『家守綺譚』の続編にあたります。
『家守綺譚』で主人公の飼い犬となったゴローが本作では行方不明。
前作では成り行きでしぶしぶ飼うことにしたはずのゴローですが、本作では主人公の家族として、彼の心の中で大きな存在となっています。

ゴローの不在を不安に思った主人公は、目撃談を頼りに鈴鹿山へ旅立ちます。
実はこの旅にはゴロー探しのほかに、うわさに聞いたイワナの夫婦が営む宿に行ってみたいという、もう一つの目的があります。(途中こちらの方が問題なのじゃないかしらと思えるくらい、主人公はイワナの宿に執着しています。)

愛知(えち)川に沿って旅する主人公が遭遇するのは、里に住まう人々、河童、竜神、イワナなどなど。
前作から続けて読むと、読者としても不思議に遭遇するのが当たり前に感じてくるので、彼の友人が不思議な存在を全力で否定してくるのを却って新鮮に感じます。
 
これほど湿気の似合う作品はまたとないので、小糠雨の降る日はぜひこの本をお供にしてみてください。


(見習いブックソムリエ 島村)