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【ブックFOREVER #3】『プロフェッショナルの条件』ピーター・ドラッカー著/上田惇生編

[ブックFOREVER] 2016年06月12日
知識社会を生き抜くための心得を厳選した現代の武士道。
OBPアカデミアの会員には、資格取得をめざして勉強している人などキャリアアップをめざしておられる方がたくさんいらっしゃいます。そんなみなさんが一度は手に取ったことであろうドラッカーの1冊をおすすめします。

 とはいえ、ビジネスマンたるもの、ドラッカーくらい読んでおかなくてはというプレッシャーが嫌いという人もおられるでしょうし、読んでみるとちょっと難解で、よみにくいという印象を持った人もおられることと思います。そんな人たちのためのガイドを務めさせていただきます。


 

■知識社会ってなんですか??

 かつて日本では仕事の上で自分自身を高めることとはすなわち「昇進」であったのですが、いまではすっかり「キャリアアップ」という言葉に置き換えられました。このような変化を予言し、分析してきたのがドラッカーさんです。彼は「知識」を手段として仕事を担う人を「ナレッジ・ワーカー(知識労働者)」と呼びました。知識労働者は組織に属する意識は薄いので、会社の中での「昇進」「出世」よりも、転職や起業を含む「キャリアアップ」という概念を好むと彼は考え、そして現実に世の中は「キャリア」という言葉で覆いつくされることになっているわけですね。

 ワーカー(労働者)ということばで呼ぶと、どうしても「雇われている人」というイメージが強いですが、ドラッカーは知識を手段として仕事をしている労働者や起業家のすべてを含む言葉ととらえています。

  みなさんは自分のことを「知識労働者」だと思いますか?

 好むと好まざるとにかかわらず、いまや「知識」と無縁の仕事はほとんどないと言っていいと思います。医者や弁護士といったあからさまに知識が仕事の大部分を占める仕事はわかりやすいですが、逆にどんなに定型化された作業であってもその作業の改善や管理のために知識は少なからず求められます。そういう意味でいまや知識労働者でないという人はいないのかもしれません。

  本書の目的は、知識労働者が自身を成長させ、結果を出せるようになる方法を明らかにすることです。本書の邦題は「プロフェッショナルの条件」となっていますが、これは本書を編集した上田惇生さんの趣味です。だから専門的な仕事をしている人だけのための本とは思わないでください。ドラッカーの意図はもっと広く、仕事をしているすべての人に向かって語っています。知識を扱わなくてはいけない現代の職業社会においてよりうまく生きていくための方法が説明されています。どうです?興味ありませんか?騙されたと思って読んでみてください。

 

■知識こそ付加価値のみなもと

 それではここで本書の構成を少し紹介しておきましょう。本書はドラッカーさんの書下ろしではなく、ドラッカーさんが書いたものから上田惇生さんがピックアップして再編集したものです。個人の生き方に関わるものを中心に編集された興味深い構成になっています。

  まずパート1とパート2は、なぜいま「知識労働者」という働き方を意識することが重要なのかを説明しています。商売というものは、付加価値を生み出すことです。商売は、ここにないものをあそこへ持っていくということで付加価値を生み出すことができるのですが、知識を駆使してこれにさらに工夫を加えることによってもっと大きな価値を生み出すことができます。現代ビジネスで生み出される付加価値のうち、この「知識」に由来するものが実は大部分を占めていて、ドラッカーさんはポスト資本主義社会とは、知識が価値を支配する時代だと言っています。したがって、知識をどのように得て、どのように加工し、どのように使うかということが仕事をするうえでとても重要であり、それを基本としたライフスタイルをつくることが重要だというわけですね。

 そうなんです、みなさん。OBPアカデミアの会員になることが知識社会を生きる基本だとドラッカーはいうのです(笑)。

 

■熟慮する時間

  そしてパート3とパート4は、知識社会を生きるためのノウハウが、様々なかたちで提示されます。ドラッカーの提示するノウハウは、五万とあるハウツー本のほとんど根拠のないものとは違います。彼のノウハウは、ビジネスコンサルタントして国家から個人まで膨大な知識労働者に関わった長年にわたって成功する人と失敗する人を観察して得た経験則です。それに加えて、彼自身がどのような工夫をしてきたのかが紹介されています。

 ドラッカーは役に立つ様々な経験則を紹介していますが、その中でひとつ私がずっと注目しているものが、時間のマネジメントに対する彼の考え方です。むろん、効率的な時間の使い方をするというのは前提ですが、それだからこそ「くつろいで、急がず」熟慮する時間が大切だと言っています。これは個人として熟慮するだけでなく、仲間同士で話し合うという時間のことも指しています。

 OBPアカデミアのミッションはまさにここにあると思っています。知識労働者が熟慮するための時間と空間を提供することは、OBPアカデミアの基本コンセプトとするところです。

 

■自己実現

  さて、おまけとしてくっついている「eコマース」に関する章は別として、本書のしめくくりであるパート5は「自己実現」というテーマになっています。

 ドラッカーは心理学者のマズローの大ファンだったらしいです。マズローは1950年代に人間の欲求が以下の5つの基本的な枠組みで構成されていて、低次の欲求から高次の欲求へと成長していくことを提唱した人です。マズローの研究はその後、マーケティング理論でも応用されて広く知られることとなっています。

 

<マズローの欲求5段階> 『人間性の心理学』

生理的欲求 (Physiological needs)

安全の欲求 (Safety needs)

社会的欲求 / 所属と愛の欲求 (Social needs / Love and belonging)

承認(尊重)の欲求 (Esteem)

自己実現の欲求 (Self-actualization)



  

 ドラッカーは特に自己実現といういわば人格の完成段階に向かうことと仕事とを結び付けて考えたようで、本書『プロフェッショナルの条件』のパート5は彼なりのいわばビジネス自己実現論が提示されています。

 これがものすごくハードルが高いのです。これを読むと、たぶん多くの人がくじけます。なので本気で読むことはおススメしません。ドラッカーがどのような志を持って生きてきたかを知るという意味ではたいへん興味深いと思います。ドラッカーの自己実現論はいわば「ビジネス武士道」ともいうべき厳しさがあります。それはそれで魅力的ですが、私は現実的でないように思います。激動の時代を生き延び、勝ち残る強者のための指南書ですね。

 

■そんなに強くなれない人はどうすればよい?

 戦国時代で天下統一をめざす人は、ドラッカーを読むべきでしょう。これを知らないと勝ち残れないことは間違いないと思います。しんどいとは思いますが、心を鎮め、精神を統一して勝つための所作を身につけるべきです。兵の道は険しいけれども、この道から降りるわけにはいかないというのもまた現実ですね。いっしょにがんばりましょう!

  では戦国時代に平和と安全をめざす人は何を読めばいいのでしょうか。

 世の中はよくできたもので、ドラッカーのように知識社会で戦う兵法書を書く人もおれば、戦争を恐れ、あるいは戦争に疲れた人のための癒しの書はものすごくたくさんあります。また、知識社会や知識労働者に関する研究でも、例えば知識のウェイトが高い職種ほどストレスによる心身の障害の発生率が高いと指摘するものもあります。心の健康やスピリチュアルの世界を多くの人がもとめ、それ自体が一つの産業として大きく成長しているのもまた皮肉にもドラッカーさんの指摘するとおりに知識社会が浸透しているからかもしれません。

 そんな知識社会の矛盾の一つを指摘した書に今月8日に出版されたばかりの衝撃的な本があります。これは次週紹介するので、お楽しみに!!

 了