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【ブックレビュー#30】『日本アパッチ族』小松左京・著

[ブックレビュー] 2016年07月14日
大阪ビジネスパークができる前 その1
皆さんは自分の働く土地の歴史に興味を持ったことはありませんか?

OBPアカデミアのある大阪ビジネスパークは、1986年にまちびらきをした大阪屈指のビジネス街です。

ではその前はどんな場所だったかというと、大阪砲兵工廠(おおさかほうへいこうしょう)という陸軍の大規模兵器工場があった土地でした。大阪砲兵工廠は終戦前日に空襲に遭い、その機能を失った後は不発弾の危険性を理由に20年近く放置されていました。

その更地で活躍したのが「アパッチ族」と呼ばれる人々です。彼らは大阪砲兵工廠の跡地からくず鉄を盗み出し、それを売ることで生計を立てていました。もちろん違法行為ですから、警察と捕り物合戦を繰り広げ、当時の新聞を賑わせたそうです。

 

本書に出てくる「アパッチ」も同じく戦後の大阪砲兵工廠跡に生きる人々ですが、そこはSF作品、アパッチを取り巻く環境も、またアパッチ自身も、実際とは大きく異なります。

『日本アパッチ族』の大阪砲兵工廠跡地はビジネス街にはなりません。死刑制度に代わる新たな流刑地「追放地」として活用されています。死刑を廃止する代わりに、過ちを犯した人を社会から締め出し、完全な自由を与える場所が「追放地」です。都会の真ん中にありながら、社会と隔絶され、一度入ると二度と出ることができない場所。この世界では「職を持たないこと」が犯罪とされており、主人公は上司に盾突き解雇されてから、既定の期間内に新たな職に付けなかったという理由で、追放地へ送られてしまいます。追放地は手入れのされない荒地で、水や食料もまともにありません。気を抜けば野犬に襲われてしまいますが、その野犬くらいしか人間にとって食べられるものがないという過酷な世界です。

現実世界では何万人もの人々が働く土地に、無職の罪を背負った男が追放されるというのは何とも皮肉な話です。

その追放地で生きるために急速な進化をとげた新人類こそが「アパッチ」です。
彼らは鉄屑を主食とし、鉄を食べることにより体の組織自体を金属に進化させてしまいました。
物語が進むと、この追放地以外にも鉄を食べる人々が出現していたり、中には石炭を食べる「コールマン」が現れたりと、極限状態で急速な進化をとげた新人類が次々と増えていきます。

追放地のアパッチたちは追放地内の鉄屑を食べ、またその鉄屑を追放地の周辺に住む鉄屑屋(これは主に朝鮮人で、現実世界でいえばこの人々こそがアパッチ族と呼ばれています)に販売することで生計を立てています。そうやって限られた敷地でおとなしく暮らしていたアパッチたちは、やがて自分たちの種の存続のために、日本政府と対決をしていくことになります。

あっけらかんとした明るい文体はまさに娯楽小説。しかしそこには哀しく、厳しい内容が含まれています。また今の日本とはかけ離れた設定のはずなのに、今の情勢にピタリとはまってしまうような皮肉さがあり示唆に富んだ作品です。

 
大阪ビジネスパークができる前のこの土地についての作品には他に、開高健の『日本三文オペラ』や梁石日の『夜を賭けて』があります。こちらもこれからご紹介できればと思います。


(見習いブックソムリエ 島村瑞穂)