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【ブックFOREVER #9】『ハリーポッターと呪いの子』J.K.ローリング著

[ブックFOREVER] 2016年08月19日
あれから19年。中年ハリーの苦悩する子育て奮闘記。
ブックソムリエ鍋島です。

 今回はハリーポッターシリーズの第8作目、新作の紹介です。
 日本語版は11月15日発売予定なので、今回は英語版の紹介です。OBPアカデミアのライブラリーにいち早く英語版をおいていますので、いますぐ読みに来てくださいね。
 日本語版を楽しみにしておられる方に恐縮なのですが、以下、ある程度ネタバレ覚悟で書きますのでご注意くださいませ。


■  大人向けの戯曲
 
 オリジナルタイトルは”Harry Potter and the Cursed Child” となっています。なので、字義どおりに解釈しますとタイトルからは呪われた子どもが一人登場すると予想できるわけです。さてそれは誰でしょうか??実はこの部分がミステリーになっていて、後半にはあっと驚く展開がまち受けています。

  物語はあのハリーがヴォルデモートを倒してから19年後という設定です。ハリーは40歳。魔法省に勤める中年公務員。その次男、アルバスが今年ホグワーツに入学するというところから物語ははじまります。


Harry Potter and the Curesd Child/ パレスシアターの公演(ロンドン)

 素直に読めば、呪われた子はこのアルバスに違いないと読めます。反抗期らしく、のっけから父親であるハリーとぶつかるあたりも、アルバスがこれからなにやらしでかすことを予兆させます。

 今度の作品は、私はあまり子ども向けには感じませんでした。というのも、語りの視点が親であるハリーをはじめ、40代の子育て世代の悩みとして展開するからです。私のように中年のおっさんになると、あーなるほどと共感できることもあるでしょうが、親子の葛藤をおっさん目線でみたときにどれだけの子どもが共感できるのでしょうね。日本語版が出たら子どもの感想を聞いてみたいと思います。

 そういう意味では本書のマーケティングターゲットはかつてのハリーファンであった大人なのかもしれません。事実、本書はロンドンの劇場で演劇として上演されることを目的とした戯曲であって、小説として書かれたものではありません。演劇の顧客層を考えると大人向けになるのはうなずけます。

 

■ウエストエンド/ロンドン

 ロンドンのウエストエンドはたくさんの劇場が集まっているところとして知られています。私も10年ほどまえに仕事でロンドンに滞在したとき、ウエストエンドでオペラ座の怪人を見ました。「ハリーポッターと呪いの子」もウエストエンドのパレスシアターというところで開催されています。

 演劇好きにはたまらないこのウエストエンドの劇場街に立ち入ると、各劇場のチケットを一括して取り扱うチケット販売ブースがあり、飛び込みで行っても残席のある公演やおすすめの作品を紹介してチケットを販売してくれます。シェークスピアや大がかりなミュジーカルからモダンシアターと呼ばれる現代的な作品まで毎日いろんな作品が上演されています。

 

■ハーマイオニーを演じるのは南アフリカ出身の女優さん

 
 Noma Dumezweni

 今年(2016年)7月30日にこけら落としとなった演劇版ハリーポッターで魔法省大臣へと出世したハーマイオニー・グレンジャーを演じるのはNoma Dumezweniという女優さん。このイギリス人女優は南アフリカ出身のベテランです。映画シリーズですっかり定着してしまったエマ・ワトソンのイメージを覆し、ドゥメズウェニさん演じるハーマイオニーは賛否両論を巻き起こしましたが、作者ローリングさんの「私はハーマイオニーが白人だとどこにも書いてない」という男前なコメントにちょっと感動しました。

 ドゥメズウェニさんは南アフリカのスワジランドで生まれていますが、ご年齢から考えるとまだ厳しいアパルトヘイト政策があったころの生まれですから、たいへんだったことと思います。そういう意味でも勇気と希望を与えてくれるハーマイオニーですね。

 

■かっこ悪いハリーとロン/超かっこいいドラコ

 いけてないおっさんである私は、かっこ悪いハリーとロンには作者ローリングスさんの悪意を感じてしまいます。なんぼなんでもそこまであほなおやじはおらんやろ!とか叫びながら読ませていただきました。


Harry Young!


Harry, mid age...

 しかし何といっても面白いのはドラコのかっこよさです。子どものころにひねくれた経験が豊富なドラコが見事に若者の心理を理解し、ダメおやじハリーを堂々正論で打ち負かすところはなぜだか溜飲が下がる思いです。


Draco, young and mean.


Draco, mid age but cool!

 そんな人生のどんでん返しをうまく物語にしたところがこの作品の一番の見どころではないかなと思います。

 

■英語版で読むハリーポッターのだいご味

 英語版で読むハリーポッターの面白さはなんといっても英語特有のウイットが生で読めるというところです。ウィーズリー家のいたずらっ子たちの皮肉や冗談からダンブルドアの含蓄のある言葉まで、英語文化の中で育まれた独特の知性というのが私にはとても愉快でした。日本語訳もそうした文化をたいへん丁寧に訳出しようとご苦労されていて、すばらしい翻訳です。それを参照しながら原語の語感を楽しめればなおいいですね。今度の作品の翻訳は11月まで出ませんから、まずは英語版でお楽しみください。

 

■アメリカ版はイギリス版より簡単??

 ところで私がハリーポッターにはまったいきさつは、20年あまり前に子どもに読み聞かせたのが始まりですね。そのときはもちろん日本語版だったのですが、物語の行方が気になってしまった私は2冊目からはイギリスのアマゾンから取り寄せて読むほどはまってしまいました。

 5冊目くらいの時だったでしょうか。私は取り寄せた英語版を置いていくことができず、アメリカへの出張に持っていったことがあります。ご存知のように、ハリーポッターシリーズの初版はすべてハードカバーのごっつい本ですから、旅に持って出るようなものではないのですね。それを持って飛行機で読んでいますと、隣のアメリカ人が「なに読んでるの?」と話しかけてきて、ハリーネタでおおいに話しが盛り上がったのを思い出します。

 その時に聞いたのが、実はアメリカ版とイギリス版ではかなり言葉遣いが違うという話しです。その人によると、イギリス版の英語はとてもむつかしい言葉をいっぱい使っていて、アメリカ人にはあまりなじみのない言葉がいっぱい出てくるそうです。そこでアメリカ人向けには簡単な英語で書いてあるそうです。「ちょっと恥ずかしいわぁwww」とアメリカ人は言ってました。

 そういえば第1作のタイトルの「賢者の石」はphilosopher’s stone とsorcerer’s stoneの2種類あったのですが、前者はイギリス版で後者はアメリカ版ですね。Philosopher’s stone と言えばイギリスでは錬金術師が夢に見るあこがれの「賢者の石」というものだと一般に知られているそうですが、アメリカ人の間ではそういう共通認識がなく、そこで「錬金術師の石」という言葉にしたそうです。意味違うやん!英と米では人々の教養が違うってことなのでしょうか。日本でも「賢者の石」が錬金術と結びついているとすぐに思い浮かぶ人はそうはたくさんいないですよね。


イギリス版



アメリカ版
 

■11月には日本語版を入れますね

 

 そういうわけで、日本語版の登場をお楽しみに。それまでにウエストエンドへお出かけになるのもいいですね。

 

<了>