本の部屋Blog

【ブックFOREVER #11】『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』フィリップ・K・ディック著

[ブックFOREVER] 2016年10月14日
サイバーパンク映画の金字塔「ブレードランナー」に続編が!公開前に原作を読むべし!!
ブックソムリエ鍋島です。
 かつて不眠症に悩んだことがあります。布団に入ると目がさえて、いろんな考え事をして寝られず。ちょっと眠っても夢見が悪くてすぐに目が覚めるのです。これがなぜか結婚してからピタッと治まりました。いまでは妻が笑うほど寝つきがよく、逆に考え事をしようとするとすぐに眠ってしまい、これはこれでどうなんやろうって思っています。

 秋の夜長、あなたは最近どんな夢をみますか?

 
■映画「ブレードランナー」の原作と言えば・・

 さて、そんな「夢」をタイトルに冠したこの本、面白くて眠くならないこと請け合いです。1968年に書かれたこの作品はSF小説の金字塔だとか、サイバーパンクの嚆矢だとかすごい評価を受けてきた1冊です。「ブレードランナー」というタイトルで1982年に映画化されており、若き日のハリソンフォードが逃亡アンドロイドの処刑人である主人公を演じてマニアに人気を博し、3大SF映画の一つとされています。


 ちなみに3大SF映画というのは誰が決めたわけでもないのですが、巷では「2001年宇宙の旅」「ブレードランナー」「惑星ソラリス」とするのが定番のようです。

 実は2018年にこのブレードランナーの続編映画が公開されることが決まっています。しかもまたハリソンフォードが出演ということですから、いったいどんな続編が書かれたのか楽しみですね。原作者のディックは続編を書いていませんから、ブレードランナーの新作はまったく未知の脚本ということになります。ディックの名作にいったいどんな続編をつくったのでしょうか。ちなみに原作者とは違う作家が続編を3冊書いていますが、こちらはあまり注目されてこなかったようですね。2018年公開の新作の脚本は、監督のリドリー・スコットの構想をもとに書き下ろされたものだそうです。


■アンドロイドは夢を見るのですか??

 ところで、そもそもこの原作にはなんで「アンドロイドは電気羊の夢を見るのか」という長たらしいタイトルがついているのかと言えば、これは私の独断ですが、著者のディックは学術論文風のタイトルをつけ、物語にアカデミックな命題の謎解きという意味合いを持たせたかったのだと思います。いわば小説の形をとった論文ですね。現代風に言えば、「人工知能は夢を見るのか?」というような問題をたててみたということです。実際、人工知能は夢をみるのでしょうか?もし見るとしたらどんな夢でしょうか。いまだ未知でわくわくするこの問題を早くも取り上げて、これを物語に仕立てたのは天才ディックならではの発想です。ちなみにここでいう「夢」は生理現象としての夢という意味合いだけでなく、将来の夢という意味合いも含んでいます。アンドロイドに夢や野心があるとすれば、それはどんなものか。ディックが出した結論はどうぞ実際に読んでお楽しみください。スケベなおじさんである私はこういう展開が見えた瞬間に「じゃ、アンドロイドは恋をするのか?」という疑問が浮かんだのですね。さて私のこの品のない疑問にディックは答えてくれたのでしょうか。お楽しみに。


■電気羊??
 タイトルのもう一つの謎は「電気羊」ですね。なんやそれは??



 電気羊は作中で人間とアンドロイドを対比する重要なアイテムとなっています。

 熱核戦争で廃墟同然となった地球。大部分の人間は地球外のコロニーで生活しています。そんな人間にとって、ほぼ絶滅してしまった貴重な動物を飼育することが最高の趣味となっています。でも庶民には高嶺の花の本物の動物。それにかわって登場したのが電気仕掛けの動物たちです。動物を飼う=人間らしさの証明というような風潮になっていますから、動物を飼わない人はいかがなものかという目で見られるわけですね。動物を買わないやつは人間じゃないとまで言われる社会的圧力があるなか、でも本物は高い。本物の羊と電気仕掛けの羊は、それを所有する人間の社会的ステータスの差と結びつけられ、電気羊しか買えない人が本物の羊を手に入れたさのあまりに金儲けに走るという滑稽な設定が、物語の重要な枠組みになっています。

 主人公のアンドロイド処刑人は人間とアンドロイドを弁別する仕事ですから、ことさらに「人間らしさ」には敏感にならざるをえません。まさか自分がアンドロイドかもなんていう疑惑の目で見られたらたいへんです。それに隣の家の動物よりいいのを飼ってちょっと見栄をはってみたい。そんな「世間体」の中で右往左往する主人公という設定はどうもSFらしからぬ泥臭さなのですが、これがこの作品の独特の味です。映画版はちょっとこの泥臭さが薄れてしまって、私には残念なところです。


■奇妙だが50年前の作品と思えないなるほどのアイデアが満載

 このほかにもこの作品には奇想天外ですがなるほどというネタがいろいろ出てきます。

 中でもこの物語の背後で通奏低音のように扱われる「共感ボックス」というツールです。これはなにかというと、バーチャル宗教端末なのですね。この装置で教祖様や仲間の信者と一体化して悟りを得るという代物です。西暦1992年にはこのバーチャル宗教の信者が爆発的に増えているという設定で、この宗教の真偽をめぐる論争が微妙に物語の進行に絡んできます。ディックが想定した未来は1992年なのですが、私たちにとってはすでに過去となっています。92年には実現していないバーチャル宗教ですが、案外これから先に登場してきそうな感じがします。


 この共感ボックスは物語の進行のわき役ではあるのですが、「共感(エンパシー)」という概念はこの作品を貫くもっとも重要なものとなっています。高度に作られたアンドロイドは人間の様々な感情を精緻に模倣する能力をもっており、ちょっとやそっとでは区別がつかないのですが、本質的な共感能力を欠くアンドロイドにはそれがゆえに生じる特性があります。アンドロイド狩りをする主人公はその特性を発見することによって人間社会に紛れ込んだアンドロイドを見つけ出すことができるわけです。逆に人間になりすまそうとするアンドロイドは、そうした特性が見破られないように様々な偽装をこらすことになります。そのかけひきが、この物語の柱となっています。

 
■「共感」というキーワード

 最近「共感(エンパシー)」という概念がいろいろな業界でキーワードとなっています。スピリチュアルの世界では「共感する力」がヒーリング効果を持つと言われ、逆に心理学では共感力が高すぎることも低すぎることもともにストレスにつながるとして共感能力を主体的にコントロールする方法が注目されています。またどうしても何かに「共感」をせずにはおられない人間特性を活かしたマーケティング理論も盛んに提案されるようになってきました。

 共感を一番激しく取り上げた最近の研究と言えば、オランダの動物行動学者であるドゥ・ヴァールですね。2009年に『共感の時代へ: 動物行動学が教えてくれること』という本を出し、これが世界でかなりの衝撃をもって受け取られことがきっかけでした。この本の冒頭は衝撃的な一文で始まります。

  「欲望の時代は終わった。共感の時代が幕を開けた。」



 

 ドゥ・ヴァールは、人間の行動は欲望に訴えかけられた時にしか発動しないという従来の概念を覆し、共感という利他的情動も重要な行動の引き金になることを証明しました。TEDにもド・ヴァールのスピーチがあります。その中で使われている動物実験の映像が衝撃的です。猿や像も共感による利他行動をしていることが映像で見られるので興味のあるかたはぜひそちらも注目してみてください。

⇒ ドゥ・ヴァールTEDスピーチはこちらから

  
 ドゥ・ヴァールのこの理論はマーケティングの方法論を大きく変えつつあります。損得、快不快といった欲望に根付く感情に訴求することを原則とするマーケティングから、支援する、貢献する、コミットするという利他感情に訴求する考え方が台頭しつつあります。

 他者を思いやることとは、弱肉強食のこの世の中では経済とは別論理の特別な行動という従来の考え方から、共感こそ経済も含めた社会構成原理だとする考え方へパラダイムがシフトしている昨今ですが、そんな事態をまさに予言したディックの本書はいまこそ読んでみるべき1冊だと思います。そして2018年1月公開予定の続編映画もお楽しみに!