本の部屋Blog

【ブックFOREVER #7】『公共性の構造転換』ユルゲン・ハーバーマス著

[ブックFOREVER] 2016年07月25日
今日の民主主義の落とし穴を予言した、政治学のアインシュタインともいうべき人。
ブックソムリエ鍋島です。ご無沙汰してしまいました。

 前回の【ブックFOREVER】のアップからあっという間に2週間が過ぎてしまいました。
 言い訳を一つ。
 今回の書評のネタ本である『公共性の構造転換』は、ドナルド・トランプの出現や、ブリクジットなど、世にいう「良識あるひと」ならNOというような人や事柄に大衆的なYESが集まって常識では考えられないような政治的決定が下されてしまうという現象をどう説明するかという内容です。そういう意味で、ハーバーマスの予言がまたまた的中するような事態が目白押しだったこの2週間は、私もあれこれと欲張って情報を取り込もうとして執筆が後手にまわってしまいました。もし分けありません。

 というわけで、この本の紹介はいたって簡潔に、上記の3行ほどでみなさんによく伝わったのではないかと思います。なんでトランプみたいないかにもいかがわしいおっさんがそんな人気やねん!とか、なんでEU離脱みたいな自分の首を絞めるような選択をブリテン人はするのか??という疑問に答えてくれるのが本書です。結論から言うと、大衆社会の民主主義ではこういう結果になるのが普通で、これは今の民主主義のやりかたの欠陥です、というのがハーバーマスの考えです。


 と、こんなにあっさり結論は書けるのですが、この本は300ページを超える細かい文字の哲学書ですから、かなり手ごわい1冊です。手ごわいので、これまでも大変重要な本だと専門家の間では高い評価を受けてきたのですが、一般にはあまり知られていないのが現状ですね。

 そこでみなさんに、必殺技を伝授します。Wikipediaでこの本のあらすじを読み、読んだ気になってください。そしてことあるごとに「おーこれはハーバーマスの予言どおりやな。」と知ったかぶりしてください。トランプさんを見るたびに、ハーバマス。安倍人気をみるたびに、ハーバーマス。都知事選で小池さんが勝ったら、ハーバーマス!と叫んでください。ブリクジット(英国のEU離脱)ではハーバーマスでしたが、大阪維新は前の都構想の市民投票で残念ながらハーバーマスになり損ねましたね。こんなふうにやるとハーバーマスが流行して、おもしろくなりますね。いっそ、この手の現象についてツイートする際には、#ハーバーマス とハッシュタグを入れるというのはいかがでしょうか。この偉大な哲学者にお叱りを受けるかもしれませんが、ぜひはやらせてください!

 ちなみにおやっさん、現在87歳でご存命です。
 こんな人。


 
 あえて誤解をおそれずに言えば、ハーバーマスは現在の民主主義では大衆は「バカ」を選ぶというわけです。うわー、言うてもーた(;^_^A
 しかし、ハーバーマス自身がこんな下品な言葉は絶対使いませんよ。下品なのは鍋島です。お間違いのないように。
 ハーバーマスはそんな下品なことを言わないどころか、これを「愚か」と批判することすら絶対にしません。なぜなら彼は現在の民主主義にいかに欠陥があろうと、民主主義そのものを否定するわけではないからです。なんと上品な。素晴らしい!そういうところがハーバーマスらしいところです。

 ハーバーマスがそんなお上品だったのには、大衆の判断をいかに「バカ」と言ってみたところでなんにも意味がないということをよく知っていたからに違いありません。というのも、彼はメディアの発展によって情報共有の度合いが大きく上がり、かつ、匿名で投票するというもっとも「無責任」な意思決定の方法を使うという組み合わせが必然的に政策の内容よりもどう人気をとるかの戦略・戦術がものをいうとわかっているからですね。そもそも、圧倒的に少数の候補者の中から自分を代弁してくれる人を選ぶというのはもう論理的におかしいよね、とハーバーマスは言うわけです。だいたいその人がどういう人かほとんど知らないのに投票するわけですから。こんな非対称的なシステムでは、人々は自分の利益とは全く違う人に投票することになるんだ、と彼は言います。

 最近は、極端な政策を言って国民の人気を博すという橋下さんや安倍さんの人気ぶりに対して「衆愚政治」「ポピュリズム」「反知性主義」といった言葉を投げつける「知識人」が多くなってきましたね。こういう人たちのいらだちはよくわかります。たぶんアメリカでもトランプさんの出現でいらいらしている人はたくさんいると思いますし、この現象のもっとも極端な事例であったヒトラーがもたらした結果を考えると、冗談では済まされない問題です。とはいえ、ハーバーマスはこれを「反知性主義」というように痛罵することはしないのです。なぜならばこれはシステムエラーであって、選ばれた人の問題でも、まして選んだ人の問題でもないからです。ただ、このエラーを克服する道を、このエラーのあるシステムのもとで目指していかなければならないので、これは想像よりもはるかに困難な課題と言えます。目先の政治家を批判するのではなく、中長期的により安定した社会をつくるためにどうしたらいいかを考えることがハーバーマスのスタンスです。

 しかしいつの間に民主主義はこうなってしまったたのだろうか?
 ここのところの歴史分析がこの本の真骨頂です。

 ハーバーマスはこの問題を「パブリック」のありかたの変化という視点でとらえていきます。パブリックとは日本では「公」という漢字をあてますので、いまではどうしても社会制度や行政をパブリックと呼んでいるところがありますが、ハーバーマスの言うパブリックはこれとは違います。むしろイギリスの街角の「パブ(みんなのあつまるところ)」の方が彼のいうパブリック(公共)に近い意味です。国家の立場でもなく、また家族・親族というプライベートな利益に基づくのでもなく、「みんな」で考えることの重要性が増したのは中世社会ですね。横暴をふるう「王権」の外側で、個人の利益を超えて人々が「みんな」の意見を聞きたくてあつまり、みんなのために行動することが増えてきます。日本でも「座」とか「講」がいろんなテーマで行われ、そこに新聞や出版文化が花開き、時には人々は「衆」を成して行動するということがあったのですが、ハーバーマスはイギリス、フランス、ドイツといった国々でコーヒーショップに市民(ブルジョアジー)が集まり、これらの人々を核としてメディアが発展する様子を歴史社会学的に分析しています。こうしてこれらの「市民」が政治の中心に躍り出て、民主主義、共和国といった新しい政治形態をつくっていったわけですね。

 さてそういう「市民社会」が成立し、国家が民主主義の名のもとに「みんなで決める」運営になっていくと、パブリックは国家の論理に吸収されていきます。またメディアの発展は人々の情報共有のスピードを格段に上げて、いまでは瞬時に同じ情報を手に入れることができます。人々が瞬時に手に入れることのできる情報が人々の判断に与える影響力が大きなり、パブリックはメディア情報に大きく左右されることとなります。
 現在の民主主義は人気投票のシステムですから、投票の判断材料となる情報が均一化されればされるほど、投票結果は目先の情報に左右され、中長期的な政治の安定は困難となります。しかも民主主義システムの中でこういう現象がもっとも起こりやすいのは「国民投票」というものですね。EU離脱という生活にもろに影響の及ぶ課題も、AKB48の総選挙と変わらぬレベルの情報合戦で結果が左右されるということになるわけです。このような国民投票の性質を利用してそれを戦略に組み込んだおおさか維新やイギリスのEU離脱派は、抜け目がないですね。余談ですが、こうした民主主義システムの落とし穴によって生じた政治のサブカルチャー化とでもいうべき状況をAKB48総選挙という政治パロディにしたのはある意味すごいことですね。まさにハーバーマスな芸能プロモーションです。

←これって、日本の政治をばかにしてねぇ?おもしろいけど。

 
 それではいったいこの問題をどう解決するか。
 ハーバーマスのこたえは、「もっとみんな話し合おうよ」ということです。いま選挙に向けて、みなさん話し合ってます?いやそれ以前に、日ごろから「みんなどうしたの?」とか「未来はどうしたいの?」とかあれこれ話し合わなくなっているから、だから強い情報の送り手に翻弄されてるよ、ということです。
 民主主義は多数決の原理ですから、どうしても「みんなで話し合う」ということイコール「全員で話し合う」という途方もない無理な話しになって、結局「全員に投票の権利を与える」=「みんなで話し合った結果」というわけのわからないしくみになっているのです。そういう状況に対して、どんな小集団でもいいので、自分のプライベートから一歩出て他人と話し合うという機会をできるだけ多く持つこと。この積み上げで網の目のように対話を深めて、広げていくこと。こうしてできあがる対話の網の目を「アソシエーション」と呼び、アソシエーションをめざすことで民主主義の質的変化をもたらすことができるというのが、ハーバーマスの結論です。草根のパブリックを構築しよう!もっともみんなパブに溜まって議論しろよ!ってことですね。パブやパブやパブやで~~
 いかがですか?ちょっとやりすぎましたか。

 明日からお隣さん、友人、同僚はたまた見知らぬ人に、「よう、アソシエーションしてみねぇか?」と聞いてみてください。ハーバーマスな世の中から、噛み合う民主主義へ脱皮できるかもしれません。

 了