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ブックソムリエ鍋島の今月の1冊 3月

[ブックソムリエ鍋島の今月の1冊] 2016年03月01日
“My Name is Red”(邦訳『私の名は赤』)オルハン・パムク
ブックソムリエの鍋島です。

東南アジアのハブ空港でトランジットする楽しみの一つはもちろん、書店です。英語の書籍が販売され、アメリカの出版社の影響力はここでも大きいと感じますが、アメリカの書店と違うのは、ここが文明の交差点だということです。だからイスラム文学をはじめ、様々な地域の書籍の英訳が販売されています。そんなクアラルンプールの空港で出会ったのが “My Name is Red”(邦訳『私の名は赤』)早川書房)です。



かつてアジア、アラブ、アフリカ、ヨーロッパで巨大な帝国を築いたイスラム国家オスマン帝国。一人の宮廷絵師が殺され、仲間の絵師4人が容疑者として浮かび上がります。さてそんなミステリーがただのミステリーでないのは、物語がすべて一人称で書かれていることです。本の題名である「私の名は赤」も、数多くの一人称語り手の一つです。色そのものが語り手となり美術史や芸術論を語る。トルコの底力を見せつけてくれるそんな驚きの技巧派作品をお楽しみください。

作者のオルハン・パムクはトルコのノーベル文学賞作家で、イスラム圏ではよく知られる人気作家です。イスラム中世細密画という独特の世界を、対立しつつ融合する東西文化のダイナミズムの中できちんととらえて、その中で芸術に人生をささげた人々のメンタリティを深く掘り下げてみるという彼の試みは、文化の枠組みを超えて私たちに届いてきます。トルコと日本はアジアの両端にありながら、独自の文明と西欧文明との融合を否応なく経験してきたという点でよく似た境遇にあるかもしれません。西欧化という古くて新しい問題を問うオルハン・パムクのまなざしを感じてみてください。